「学習者が日々話せるようになる。教養を豊かにする上でも優れている」

田中 祐輔先生 (日本:東洋大学国際教育センター准教授)

東洋大学では、主教材として『まるごと』の入門~中級2を使用しカリキュラムも大きく刷新しました。

- 主教材を変えることになった経緯を教えてください。

東洋大学の場合、いくつかの要因が重なっています。まず、国際化の推進に伴う留学生受け入れ拡大で学生数の増加と多様化が生じました。留学生の出身国やレベルといった属性の多様化、目的や動機の多様化などが生じ、受け入れ形態やプログラム内容をニーズに即した形で改定・新設いたしました。例えば、従来のアカデミック・ジャパニーズのコース以外にも、日本語を学んだ経験を持たない留学生のためのビギナーコースを設けたり、日本での就職を目指す留学生のためのビジネス日本語のコースを設けたり、中長期の他に短期で来日する留学生向けのコースを設けたり、様々な取り組みを関係各所との連携の下、進めています。柔軟な日本語学習支援が求められるようになったと言えます。
第二の要因として、東洋大学では、言語教育をより国際的に開かれたものとするために、CEFRに基づく外国語教育、反転授業を取り入れたアクティブラーニングの方針が示され、日本語教育もCEFRに基づく能力指標の作成やシラバスの改定に取り組みました。
こうしたさまざまな要因が複合的に重なり後押しされる形で、2017年より、日本語教育プログラムで用いられる主教材の変更についても検討が開始されました。

-『まるごと』を選んだ理由は、何でしたか。

まず、グローバルスタンダードのCEFRとレベルが共通で、東洋大学日本語教育プログラムが設定しているレベルを網羅できる内容になっていること、そして、渡日前・帰国後の利用も可能であることが理由として挙げられます。通常、留学生は日本留学が確定してから来日するまである程度の時間がありますが、『まるごと』は海外でも入手可能で、「みなと」のオンラインコースは日本にいなくても勉強することができます。留学生が来日前に日本語の側面からも準備することができるプログラムへの活用が可能です。さらに、Can-doによる能力指標が明確に示されていることで、学内でこれまでに開発された留学生向け日本語副教材との連携も可能であり、東洋大学がこれまでに蓄積してきた既往の日本語教育プログラムの知見を活かす形で新しい教育を展開することができる点にも魅力を感じました。また、教科書の変更というのは関係者との多くの協議やすり合わせ、試行錯誤が必要となりますが、国際交流基金がJF日本語教育スタンダードに基づいて開発した質の高い教材ということも組織での運用を行う上で大きな安心感がありましたし、国際交流基金が公開している『まるごと』に関連するさまざまな資料が、主教材の変更を進めるプロセスの中で大変勉強になり役立ちました。

- 変更にあたり、学内ではどのように準備を進めましたか。

教材が変わるというのは、学習者はもちろんのこと、授業を受け持つ先生方にとって、非常に影響が大きいことです。コース全体の設計、毎日の授業準備、成績評価など、すべてを再構築し、新しくノウハウを蓄積していかなければなりません。そのため、段階を踏んで準備を進めました。まず、教職連携で担当者間の協議を行いました。ここでは『まるごと』以外の教科書も含めて検討が行われました。また、変更が決定してからは、利用される先生方向けの説明会を開き、教材変更の経緯や目的を改めて共有するとともに、教材の勉強会を実施しました。さらに、国際交流基金日本語国際センターの協力を得て、『まるごと』の執筆者の先生による研修会を開催しました。この研修会の効果は非常に大きく、執筆者の先生から直接お話をいただくことで、『まるごと』のコンセプトや内容、使い方の多くを学ばせていただくことができました。さらに、運用開始までに『まるごと』専用の副教材開発をコーディネート担当者の方で進め、先生方のご負担を減らすことにも取り組みました。このようにして徐々に理解を広げ、実現に向けた準備をしていきました。

- 実際に『まるごと』を使ってみて、感触はいかがですか。

全体としては、想像以上にスムーズに移行できていると思います。トピックに沿って進められるため、学習者が日々、何かを話せるようになっていくのを感じます。「まるごと+(プラス)」で映像が使えるのも大きいです。映像を見せて文化理解に発展させられたり、実際に日本語が使われる場面を見せられたりするので、留学生や、お使いいただいている先生方からも好評です。
実際に使ってみるといろいろな気付きが得られます。例えば、『まるごと』の「入門」「初級」では、留学生が教科書のトピックを活かしてより活発に表現することができるように活動の進め方を工夫できることに気付いたり、漢字が読めない学生のためにルビを振ったシートを作ることで効果が増進することに気付いたりします。留学生や教師の声に基づき、語彙リストのスリム化、文法の補強など、各レベル、各冊ごとに、担当の先生方が工夫して授業にあたってくださっています。媒介語は英語を用いていますが、パワーポイントで作った資料もシェアし、学内で蓄積もしています。
『まるごと』は学習者の理解と産出を実際のコミュニケーションや文化体験に即した形でサポートすることのできる素晴らしい教材であり、利用する学習者や教師がことばと文化を学ぶこと、教えることについて理解を深め、発展させることのできる教材であると思います。

- 自国で学習歴のある留学生は、日本語能力にばらつきがあることも多いと聞きます。

確かに、そのようなケースは少なくありません。学んできた環境も教材も違うので、仕方ないですね。クラス内での方策としては、最低限達成したい目標を設定しつつ、自由度を持たせるようにしています。日本語能力の高い留学生には、自分の考えや経験をプラスして書いてみましょうとか、知っている語彙・表現を使ってみましょうとか、プラスアルファの活動によって少しずつレベルを引き上げるようにしています。『まるごと』は、言語知識のみに縛られず、トピックによって構成されている良さが、ここでも生きてきます。大学として求められる内容をきちんと押さえながら、教室の中で個々の違いや差を認めて力を引き出していくことができるのです。学習者の日本語能力を伸ばすと同時に、教養を豊かにし、共に考え共に学ぶという点でも、『まるごと』は優れていると感じます。

- ほかに、留学生教育のために取り組んでいることはありますか。

東洋大学では、日本語能力に偏りのある留学生のために課外サポート講座を立ち上げました。レポートを書くためのライティング講座や、少人数によるステップアップ講座、マンツーマンレッスンなど、正課の授業では足りない部分を補うことを目的として、整備を進めています。
『まるごと』などの素晴らしい教材を使用させていただきながら、東洋大学のさらなる国際化とグローバル人財育成、そして来日留学生へのニーズに応じた日本語教育プログラムの実現のために、引き続き関係各所と連携をしながら留学生の学びを力強く支えていきたいと考えています。

この記事は、2019年末に実施したインタビューをもとにしています。